世界で一番起業家とベンチャー企業を創出する<br>【special】ファインドスターの軌跡 Vol.5

世界で一番起業家とベンチャー企業を創出する
【special】ファインドスターの軌跡 Vol.5

  • ファウンダー/株式会社ファインドスターグループ代表取締役

    内藤 真一郎

  • 代表取締役社長

    渡邊 敦彦

最終回 ファインドスター社長交代から現在まで

 

-そのころのワンスターの動きをどう見ていましたか?

内藤:すごく勢いがあるなと。「人さえいればもっと売り上げが上がる」という話をしていました。そこでファインドスターからの出向を進めたものの、もっと人が欲しいという状態で、組織づくりに関しては渡邊の方が強いなと考え始めていました。

僕はやはり何もないところから事業を生み出す「0→1」が好きで、出来上がるとあとは人に任せたいタイプです。組織づくりが得意な渡邊と僕、2人の得意分野を考えるとファンドスターの舵取りを渡邊に託し、グループ経営の舵を僕が取るのがグループとしてベストな選択だと思いました。

ただ、ファインドスターを渡邊に託すにあたり、グループとはいえ違う会社です。いきなりトップが変わると歪みも出てくるだろうから、信頼関係を構築してからにしたいという渡邊の言葉もあり、2013年に取締役としてファインドスターに戻ってきてもらったのです。

-ワンスターはどうされたのですか?

渡邊:「ファインドスターの原点は人が育つ環境を作る、人の潜在能力を見つけて伸ばすことだ」という話を内藤としていて、経営者というポジションも人が育つ環境の一つとするならば、ワンスターの経営は誰かの成長環境として託すべき。ワンスターを一緒に立ち上げた千葉に経営を託し、僕が単体でファインドスターに戻りました。戻ってからは、東京だけでなく、地方拠点にいるメンバーとの関係も大事なので、当時あった九州営業所に半年間行き、信頼関係を作って戻ってきて、今度は東京で仕事をして……と、1年間はファインドスターのメンバーとの信頼関係構築に努めました。

-そうだったのですね。そして2015年にファインドスターの代表取締役に就任したわけですが、どのような事を感じましたか?

渡邊:ファインドスターのトップについたことで、最初はグループ会社を含め「管理」する思考がかなり強かったと思います。これは、内藤が僕にしてくれたやり方とは違います。内藤はそれでもいいと、渡邊のやり方でやれと言ってくれていたので、それでやっていました。しかし、思えば自分自身それが嫌だから、「管理」されたくないからファインドスターのグループでやってこられたと思っているし、自分の裁量の中で失敗をしながら学んでいくとことをさせてもらったのに、いざ自分がグループを経営するとなったときに、そうではなく、いかに「管理」していくかという思考になっていたんですよ。自分がされて嫌なことをしてしまっていたなと思って。ファインドスターの社長になって3年間で考え方が変わってきたのはそこですね。そしてもう一つ、グループが拡大する源泉となった同封広告事業から、ここからさらにグループの成長を加速させるための事業を作っていかなければならないなと。

-一方で内藤さんはファインドスターグループという組織を立ち上げました。ここでどういうことを行なっていく考えですか?

内藤:自分の役割は「0→1」を生み出すこと、あとはグループ会社の支援ですね。「グループ会社100社で1,000億」というミッションを達成したい。起業したいという人はいっぱいいるんですけど事業がなかなかないので、事業のネタを見つけたり、今後は多様性を重視して外部の起業家と一緒に仕事をするようなこともやっていきたい。起業文化を作りたいという強い思いがあるので、種まきを続ける感じです。

-最後に、ファインドスターの今後の展開を聞かせてください。

渡邊:ファインドスターという会社が大事にしているのは、メンバーそれぞれが大事にしているものや潜在能力をちゃんとビジネスの世界で花開かせること。1人1人が自分の適正を見つけて成長できる、その環境を作っていくこと。ここにフォーカスしてやっていきます。内藤は事業を作り、それを実行するチームを僕が生み出していく。これがしっかりマッチすれば、どんどんベンチャー企業が生まれ、世界で最もベンチャー企業を創出する会社になれると思います。

一覧ページへ戻る